取材:大橋 伸太郎
今や花盛りの重低音インナーイヤーヘッドホンの歴史を作ってきたのがソニーのEXTRA BASSだ。初代EXTRA BASSの発売当初はクラブミュージックやヒップホップ等特定の音楽ファンに密着したマニア御用達のインナーイヤーヘッドホンだったが、2012年の第二世代で幅広い音楽ファンを引き付ける製品に変貌を遂げた。J-POPやK-POPが音作りに重低音を積極的に取り入れるようになったからである。
それから2年が経つ。フラグシップのXB90EXは継続だが、この2月、シリーズ中核の2機種XB60EXがXB70へ、XB30EXがXB50に進化した。
今回のモデルチェンジは重低音のファンならずとも全てのインナーイヤーヘッドホンのファン、いやサウンドに関心のあるすべての人にとって<事件>といっていい。それぐらい衝撃的な変貌を遂げているのだ。
今回のXB70、XB50の使命はいうまでもなく、低音再生のさらなるパワーアップである。そのために従来のアドバンスド・ダイレクト・バイブ・ストラクチャーが<ベースブースター>に発展進化した。ベースブースターはパイプオルガンを思わせる画期的な新機構だが、その仕組は後で詳しく紹介することにして、新EXTRA BASSにはもう一つサプライズがある。
従来、大型化の一途を辿ってきたドライバーユニット(振動板)が今回は一転、小口径化したのである。その狙いの第一は、俊敏でキレのいい従来機に勝るレスポンスの低音を実現することにある。もう一つは<快適な装着性>。低音再生を追及していくと常識的にはドライバーユニット(振動板)の口径とハウジングが大きくなる。一般のスピーカーシステムでは大型化するほど低音が豊かになることを思い浮かべてほしい。
しかし、人間の耳に装着されるインナーイヤーヘッドホンの大きさには一定の限界がある。むしろデバイスやハウジングを小型化するほど形状設計のゆとりが生まれ快適な装着感を追及しやすくなる。
EXTRABASSの第三世代であるXB50とXB70は、新機構ベースブースターを搭載しこれまで聴くことの出来なかった俊敏で歯切れよいリズム感の低音を伴って現れた。そして<重低音の追求、すなわち大型化>から一転、心臓部ドライバーユニットを従来の13.5mmから12mmへの小型化を果たす。その結果、設計の自由度が高まり快適な装着性をも掌中に収めた。
ドライバーユニットを小型化して低音再生能力はさらに研ぎ澄ます。低音再生のエキスパートEXTRA BASSだからこそ達成したウルトラCである。新EXTRA BASSの開発チームを訪ね、誕生までのストーリーをご披露いただこう。
最初にお話を伺ったのは、ソニー株式会社ホームエンタテインメント&サウンド事業本部V&S事業部サウンド1部MDR設計1課の鈴木貴大さんとMDR開発課の金山信介さんだ。
――お二人が新EXTRA BASSに関してそれぞれ担当されたのは?
鈴木 「音響設計です。」
金山 「デバイス、つまり振動板設計です。」
――今回のEXTRA BASSはこれまでの<重低音の追求、すなわち大型化>から大きく変わりましたね。
鈴木 「重低音インナーイヤーヘッドホンのパイオニアがEXTRA BASSですが、先駆者だからこそ、第三世代への進化を好機に、より低音の質と量を追求していくのに単純にドライバーユニットを大型化すること以外の手法を考えたいという認識がありました。自動車の世界で最新の欧州車がスモールエンジン+過給機で高出力と高効率を得ているように、EXTRA BASSが他に先駆けて低音再生の革命を引き起こしたかったのです。 もう一つは、ドライバーユニットを小口径化することで設計に余裕が生まれ、造型の自由度が高くなり、装着性をよくすることができます。インナーイヤーヘッドホンは常に装着しているオーディオなので装着感は重要です。しかし、ドライバーユニットをやみくもに大型化していくと装着性は犠牲になりがちです。重低音インナーイヤーヘッドホンのユーザー層は従来よりずっと広がっています。今回は低音再生と装着性の高度な両立がテーマでした。ドライバーユニットとハウジングを小型化すると一般的に低音始め音質に制約が生まれますが、EXTRA BASSの設計にあたって妥協や退歩は許されません。径が小さくなっていい音を出すという、いわば二律背反を乗り越える全く新しい12mmドライバーユニットを金山が作りました。実際に従来の13.5mを上回る優れたドライバーユニットが出来たと思います。」
――ドライバーユニットのお話を伺う前に、音響設計も大きく変わりましたね。
鈴木 「今回は新機構ベースブースターを新たに採用しました。 量感ある低音のリズムを正確に捉える技術、ということで新しく<ベースブースター>と命名しました。」
――前回同様、音楽の音作りの変化にさらに対応したと考えていいですか?
鈴木 「現代の音楽はベース(低音域)の表現が重要というのは、2008年の初代XBシリーズからずっと継続して取り組んでいるテーマです。最初はコアなファンのために始めた重低音でしたが、メジャーな音楽に重低音が使われだし一般の音楽ファンに求められるようになったのでXB90EXで低音の切れを意識してその流れは今も変わっていません。今回のXB50とXB70では低音のリズムをさらに正確に捉える技術が完成して新境地に進めたと思います。」
――それがベースブースター?
鈴木 「はい。低音のリズムをしっかり出したい思いがありましたので、低音楽器の帯域で振動板の動きを正確に制御したかったのです。そのために、振動板の背後の空気を利用することを狙いました。ハウジングの容積の調整に加え、背後にダクトを設けその長さや直径を変えることで低域から中低域にかけて振動板の動きをコントロールできるのです。」
――振動板の背後にパイプオルガンのパイプがあってその長さや径で空気の動きをコントロールするわけですね。しかもそのパイプには孔があって空気が逃げていくようになっている
鈴木 「はい。後ろの空気の量とパイプの長さ、径の設定で振動板がよく動く周波数とそうでない周波数の設定ができる。測定を繰り返しながら望ましい最適値に合わせていったのです。」
――測定と聴感の両方で追い込んでいった?
鈴木「はい。今回、中高域の鮮鋭感もポイントです。特にXB70はリアハウジングの容積を大きくすることと、そのハウジングを剛性の高いアルミニウムで構成することでクリアな中高域の再生を実現しています。ベースブースターとあわせて、量感とキレを両立させることが出来たことが新製品の進歩です。」
――それでは新規採用のドライバーユニットについて伺いましょう。さぞかし難題であったことと思います。
金山 「ずっと振動板の有効面積が大きいことがいいことだという発想だったので、ソニーのインナーイヤーヘッドホンは一貫してバーティカルタイプで振動板有効面積の大きいドライバーユニットのヘッドホンを提供しようとしてきました。今回は装着性を最適なものにしようというコンセプトでスタートしました。装着性を最適にするためにドライバーユニットのサイズを小さくすると決めた時に音質を現行機種と同等以上にすることが最大の課題でした。
今回、装着性を追求しドライバーユニットのユニットサイズを従来の13.5mmから12mmにサイズ変更をしました。12mmに置き換える上で一番の難題が感度(音量)を同等以上に保つことでした。幾通りもシミュレーションをおこない、振動板形状を何通りかピックアップして実際に試作をしました。振動板の振幅(コンプライアンス)を測定して、振動板形状を決めていきました。」
鈴木 「始めたのはいいのですが、やっていくうちに大変な仕事に手を出したなというのが正直ありました。目の前のデスクに金山が座っていて、どうですかね、出来ますかね、とお互いいいながらやっていたのを思い出します。(苦笑)」
金山 ――磁気回路のマグネットはネオジウムでXB90EXと同じで、ロングボイスコイルを新たに搭載しました
金山 「振動板を振幅させるために磁気回路のループを作ります。マグネットで作られた磁束の中にあるボイスコイルに電流を流すことで、モーターの原理でボイスコイルに駆動力が与えられ振動板を振幅させます。ボイスコイルを長くすると振幅によらずに駆動力が一定にすることができ、振動の線形性に有利となります。ネオジウムが優れているのは磁力が強いため感度が高く、大きな音が出せます。同じ感度がほしい時にフェライトマグネットを使うとサイズを大きくしないといけません。ネオジウムは小型化という点で有利なのです。」
最後に鈴木さんと金山さんに完成の手応えを訊いてみよう。
――XB70とXB50どちらも自分の子供のようなものですから愛情ひとしおでしょうが、あえて<ふたり>を比較してみると…。
鈴木 「音の切れ、重心の低さが2機種の違いなのです。共通して使っている12mmユニットは感度が高く装着にも優れています。特に装着性は基本的に同じです。しかし、低音の作り方が違っていて、XB50はパッと聴いてわかりやすく感じやすいのに対し、XB70は重心が低くキレのある低音です。XB70はハウジングの容積も勝っていて中域から高域にかけての鮮鋭感も意識しています。XB70の低音は必ず一度聞いて欲しいです。
金山 「2機種とも振動板形状及びドライバーユニット構造は同じですが全体の音響制御とマグネットで差分をつけています。応答性のよさはどちらでも楽しめると思います。両機種の低音のキレのよさも感じてほしいと思います。同時にXB70は過去のXBの低音の量感を継承した面もあります。XB50はカラバリも含め一般受けしやすい設定なのでこれまで重低音インナーイヤーヘッドホンを使ったことのない始めてのお客様でも違和感のない導入モデルとしてお薦めします。」
実際にXB70、50を聴いてみよう。確かに両機種とも耳にストレスなく入ってその後は遮音効果と一体感が味わえる。インナーイヤーヘッドホンはいわば鼓膜入力。今回のXB70は風圧をカラダで受け止める低音に近い感覚があって大型のスピーカーシステムが好きな方にも違和感がないはずだ。
今回視聴したのは低音の扱いに特徴のあるポップス系ソース。XXの「THE XX」はいかにも重低音らしい波長の長いズーンと来る地響きのような低音。一方Perfumeの「LEVEL3」は、モーターバイクのエンジンのようにタイトな低音が小さな炸裂を繰り返していくが、XB70、50は両方の表現にうまく対応している。特にXB70でPerfumeを聴くと巧みに散りばめられた低音がすべて遺漏なくくっきりした輪郭と質感で表現し切っていて驚かされる。サウンドエンジニアが聞いたらニンマリすることだろう。しかも高域はヌケがよくブリリアント。二機種のキャラクターを短く表現すると、XB70はワイドレンジと鮮度感が魅力。一方のXB50は重低音インナーイヤーヘッドホンにして馴染みやすいバランスのよさが身上といえよう。
――新XB70はスピーディーで俊敏な躍動感に富む、清新な表現です。
鈴木 「振動板の動きを積極的に後ろでコントロールしています。今回のベースブースターは技術的に成功したと思います。XB70の重心の低い低音は俊敏であると同時にいまご指摘された<体で感じるフィーリング>があります。そういうコメントを頂けると嬉しいです。」