1976年生まれ。美しく心に響くメロディを数多く生み出してきた音楽家。平井堅やSuperfly、エレファントカシマシ、木村カエラ、JUJU、YUKIほか、そうそうたる顔ぶれの作品に参加し、アーティストからも絶大な信頼を得ている。キーボードプレイヤーとしても活躍中。
『h.ear in NC』はノイズキャンセリング機能に加えてハイレゾにも対応していますが、実際にお使いになられた印象はいかがでしたか?
まず音を聴く前に装着感に驚かされました。ヘッドホンはスタジオでオーバーヘッドバンドタイプは使うんですが、インナーイヤータイプはライヴの時にイヤーモニターとして使うくらいで、日常的には使っていないんです。耳に異物感が残るのが苦手だったんですけど、『h.ear in NC』はそれが感じられなくて、着けていて疲れもなかったですね。
音の印象はいかがでしたか?
インナーイヤータイプって独特の密閉感がありますよね。それと左右の音に分離感があって、スピーカーのようにスケール感も出しづらいので奥行きを感じにくい。でも、『h.ear in NC』で上原ひろみさんの『Alive』を聴かせてもらったら、空間の音像感がすごくわかるんですよ。スタジオの広さから、ピアノの位置、マイクの高さや本数までイメージできる。音域が縦軸だとして、左右の位相を横軸とするとそれがグンと広がった感じ。映像が2Dから3Dになるのと同じように、奥行きが加わることで音楽が立体的に聴こえるような感覚でした。
ノイズキャンセルの効果は感じられましたか?
ありましたね、しっかりと。先日、ツアー先から戻って来る時の電車内でも使ってみたんですが、見事に騒音をシャットアウトしてくれて、音楽に没頭することができました。自分の持っていたヘッドホンとも比べましたが、明らかに違いましたね。
ご自身が携わった作品を『h.ear in NC』で聴いていただいた感想はいかがですか?
平井堅さんがカヴァーした『白い恋人達』を例に挙げさせていただくと、生楽器の繊細な響きが非常に良く表現されています。この曲はピアノと歌は一発録りで、あとから弦を入れるというレコーディングだったんですが、録音する時のスタジオの緊張感まで伝わって来る感じで。生楽器の中で一番レンジが広いピアノの88鍵の響きも繊細に聴こえ、平井さんの息遣いはもちろん、喉が震えている感じまで音像として見えて驚かされました。スタジオのスピーカーで聴いて、こういう感じで録ったなっていう音が、イヤホンから聴こえたのは初めての体験でしたね。
スタジオという、言わば原音環境を『h.ear in NC』を通してハイレゾが表現できているということですね。
そうですね。曲やジャンルにもよると思うんですが、生演奏のニュアンスを忠実に再現したいのであればハイレゾは最適だと感じました。こういう音でハイレゾがさらに浸透していけば、バンドだったり、フルオーケストラだったり、生演奏の良さがより評価されるきっかけにもなるかもしれません。
スタジオで制作している人たちだけしか聴けなかった音源が、こうしてハイレゾになって、しかもノイズキャンセリングの静かな環境で聴けるのは大きな進化であり、リスナーにとっても喜びになると思います。
僕自身はカセットテープで聴こうが、圧縮音源で聴こうが、電話越しや街角で聴こうが、とにかくどんな状態でも音楽が届いて欲しいと思って曲を作っています。でも、曲にはアーティストやプロデューサー、エンジニア、アシスタントも含めて制作に関わった人、全員の熱意が込められています。例えば、マイクの距離を1cm近づけるとどうなるか、逆に遠ざけたらどうなるのかというような試みは、当然ですけど毎回行なっていて、変化がほんの少しであっても最善の音を模索します。悪い音で録ろうとする現場なんてありませんから。そうした想いがハイレゾになってリスナーに届きやすくなったというのは、我々にとってもありがたいことですね。
蔦谷さんがラジオでもよく流される、ハービー・ハンコックも『h.ear in NC』で聴いていただきましたがいかがでしたか?
ハービーは学生の頃に一番聴いていたんですが、当時は安いラジカセでHighもLowも無いような環境で聴いていました。その後、レコードを買ってアナログの音も染み付きましたが、ハイレゾで聴くと「こういう音が鳴ってたんだよね」というのを再認識すると同時に、新たな発見もありました。今回は『ヘッド・ハンターズ』を聴きましたけど、例えば、ギターにかかっているリヴァーブの長さがはっきりとわかるから、その長さの意味を感じてみたり。あとアープのアナログシンセが使われているんですが、当時は今ほどの機材じゃないからSN比の悪さとか、ノイズが入っている感じも聴こえてきます。でも、これはこれでレコーディングされた時代感が伝わって来るから楽しいんですよね。
ハイレゾは目の前で歌っているようなライヴ感を味わえるのも魅力と言われます。
確かにそうですね。これまでは現場でしかその人の声の迫力や演奏の華麗さを体験することができなかったのが、ライヴの生々しい臨場感をハイレゾや『h.ear in NC』で手軽に追体験できるんじゃないでしょうか。ハイレゾを聴いていると、ライヴにも行ってみたいという高揚感を感じられるはずです。実はこれまで楽曲至上主義みたいなところが自分にはあって、とにかく曲が良ければ全て良し、と思っていたんです。でも、実際にこれで聴いてみると、自分たちの作っている音楽が、より忠実に届くことの素晴らしさに改めて気付きました。しかも大半の人がヘッドホンで音楽を聴く時代に、ふさわしい製品ですし、作り手としてはうれしい限りですね。
良い音を伝えたいというお気持ちが常にある中で、ハイレゾや『h.ear in NC』のような製品の登場は、今後の蔦谷さんのレコーディングに対するアプローチも変えていくんでしょうか。
聴いてしまうとそうなりますよね。もちろん、今までも良い音、良い楽器、良いプレイヤー、良いエンジニアで録ろうと意識していたんですけど、CDや圧縮音源向けにミックス、マスタリングしていく中で、本当に目に見えて音が変わっていくんですよ。音に余裕が無くなっていくというか。もちろん、パッケージに合わせて最良には仕上げてもらっているんですが、やっぱりそのままの音も届けたい。ハイレゾで配信して、音楽のマーケットがどうなっていくかというのは、僕はまだそこまで踏み込んで考えていませんでしたが、自分のような作曲家や作詞家、もちろんアーティスト自身がこういう音で伝えていかないと浸透しないと思いますし、そうする責任もあると思います。音の良し悪しは誰しもが同じように感じられるわけじゃないけど、ハイレゾの音はリファレンスになることができるでしょうし、『h.ear in NC』のようなヘッドホンが出てきて、みなさんがハイレゾを楽しめる環境がもっともっと普及することを願います。
今回『h.ear in NC』で聴いていただいて、どのような楽曲や声質、楽器の音がマッチすると感じられましたか?
例えば平井堅さんや玉置浩二さんのように、身体全体を鳴らすように歌うヴォーカリストの声はより臨場感あふれる音で聴けると思います。あとピアノだったりハープだったり、ほかの弦楽器も、音域の広い生楽器がマッチするでしょうね。打ち込み系なら、ちょっと位相を変えて広げたようなR&Bの楽曲だと、特性がわかりやすくて良いのではないでしょうか。クラブやスピーカーで聴くのとは違った、『h.ear in NC』ならではの音の楽しみ方ができると思います。
今後、ハイレゾでやってみたいこと、試してみたいことはありますか?
音を増やすというよりは音を減らして間をどう聴かせるかというのを試してみたいですね。ハービー・ハンコックの「カメレオン」なんてすごく隙間が多い曲で、その間は何も考えていないかもしれないし、すごい計算されているかもしれない。そんな風にリスナーに想像させたり、深読みさせる余裕がハイレゾにはありますよね。楽しみ方が増えたというか、昔からあったけど、みんなが少しの間忘れていたのかもしれない、音楽の魅力を感じることができました。