取材:藤本 健
フルオープンエア型のヘッドホン、MDR-MA900。ソニーとしてフルオープンエア型のヘッドホンは1997年に発売したMDR-F1以来、15年ぶりのニューモデルとなる。快適な装着性を実現するとともに、広がりのあるサウンドとなっているのが大きなポイント。また業界最大*70mmという大口径のドライバーユニットを搭載したことで、量感豊かな低域再生も実現している。でも、なぜ今のタイミングでフルオープンエア型のヘッドホンが登場したのだろうか?その背景についてMDR-MA900の開発担当者に話を聞いてみた。
(※2012年1月 民生用ヘッドホンとして ソニー調べ)
ポータブルオーディオの再燃により、いまヘッドホン市場は非常に活性化している。国内外の多くのメーカーがさまざまな製品を投入している中、もちろんソニーも数多くの人気製品を出している。最近ではバランスドアーマチュアドライバーを搭載したインナーイヤー型モデルがヒット製品となっており、ユーザー層も広がっている。
こうしたヘッドホンの多くはアウトドアでの活用を想定して開発されている。もちろんこれらのヘッドホンをインドアでも楽しむことはできるが、インドアの場合、電車の中での利用などと異なり、音漏れに対する心配もあまりないし、外部からのノイズを遮断する必要もほとんどない。それよりも、いかに快適に長時間使えるかといった装着性が重要視されるとともに、さらなる高音質を求める声が大きいのが事実だ。
一方、そのインドアでのオーディオ事情がここ数年で変化している。この点について、MDR-MA900の音響設計を担当したソニーのPI&S事業本部PE1部2課のエンジニア、松尾伴大氏は次のように語る。
「従来、家で音楽をヘッドホンで聴くという場合、ステレオに繋いでというのが一般的でした。つまりスピーカーの代わりにヘッドホンを使うというものだったのです。しかし、大型テレビが普及した現在、映画やDVD/Blu-rayの音楽作品をよりよい音でヘッドホンで聴きたいというニーズが高まっています。また、ゲームのサウンドをより迫力ある音で聴きたいというニーズ、さらにはネットワーク経由でのコンテンツをヘッドホンで楽しみたいという声が高まってきました。」
YouTubeやUstream、ニコニコ動画などのコンテンツをよりよい音で聴きたいという人は増えているし、最近では「PCオーディオ」といった言葉まで確立され、パソコンで高品位なオーディオを聴くといった人たちも多くなってきている。そうしたニーズを満たすヘッドホンが求められているのだ。
そうしたニーズにマッチしたヘッドホンとして、これまでSAシリーズやMDR-F1があった。とくに1997年に発売されたフルオープンエア型ヘッドホンのMDR-F1は、まさに「F1ファン」といえる人も多く、15年経っても売れている製品だ。国内外のメーカーを入れても数少ないフルオープンエア型は周囲に音が漏れるという欠点はあるが、頭の上で音場が形成される密閉型と異なり、音が頭の周りを包み込むような自然な音場が形成されるというメリットを持つオーディオファンにとってはたまらない特性を持つヘッドホンだ。
「ユーザーの声を聞いているとアウトドアでのニーズだけでなく、インドアでの要望もよく伺うようになり、『MDR-F1のような、ゆったりと音楽を楽しめるものを、また出さないの?』といった声も多く寄せられました。われわれとしても、まさに考えていたところなので、核心を突かれたという思いでもあったのです。」(松尾氏)
というのは、2009年末にヘッドホン開発における大きなイノベーションがあったからだ。そう、長い年月をかけて開発を続けてきた70mmのドライバーがついに完成したのだ。これを搭載した密閉型のヘッドホン、MDR-XB1000は2011年2月に発売されたのだが、70mmドライバーができた当初から、MDR-F1をベースに、この70mmドライバーを搭載したフルオープンエア型のヘッドホンを作ろうという声が社内で上がっていたのだ。実はフルオープンエア型にはひとつ弱点がある。それは低音が周囲に抜けてしまう音響形式なので、低音再生には不利ということ。しかし、低音再生に有利な70mmという大口径ユニットを組み合わせることで、従来では考えられないほど豊かな低音再生が可能になったのだ。
そのフルオープンエア型ヘッドホンの新機種の開発におけるプロダクトリーダーであり、機構設計を担当したのはPI&S事業本部1部2課のエンジニア、石崎信之氏だった。
「70mmのドライバーは低音が出るのはもちろんのこと、ダイナミックレンジが広く、帯域も広く取れます。まさに快適なHiFiヘッドホンにこそ使うべきドライバーです。これまでもMDR-F1の開発秘話は先輩達からいろいろ聞いてはいました。さまざまな工夫が功を奏した、伝説のモデルなのです。MDR-F1が使っているのは50mmのドライバーであり、50mmドライバーの時代は、これを超えるヘッドホンが作れなかったというのが実情でもありました。でも、ここに70mmのドライバーが完成したわけですから、これを使って新世代のフルオープンエアのヘッドホンを作ろうとプロジェクトをスタートさせました。」と石崎氏は語る。
ところが、これはそう簡単なことではなかった。開発を進めると、次から次へと難題が押し寄せてきたのだ。