WM1Z/WM1A Project Member’s Voice 目指したのは、アーティストの想いまで伝わってくる高音質
ZXシリーズを超える、ウォークマンの新たなフラッグシップとして誕生した「WM1シリーズ」。理想のポータブルオーディオを追求し、制約のない環境で一から作り上げた開発メンバーに、フルデジタルアンプへの強い想いやチャレンジングな筐体設計の内幕、そしてエンジニアとしての細部にわたるこだわりを聞いた。
禁断の無酸素銅。理想の素材の前に立ちはだかる現実
石崎 信之[メカ設計]
基本的な考え方はZX2と同じです。純度の高いアルミ切削筐体に金メッキ銅プレートを載せることで高剛性とインピーダンスの低減、そしてグラウンドの安定化を図りました。
今回ならではの進化点を挙げますと、これらはWM1Zも同様ですが、ひとつは組み合わせる銅プレートをタフピッチ銅からより純度の高い無酸素銅に替えたこと。もうひとつは板厚を厚くして体積を大きくしたことで、両方とも低インピーダンス化に寄与しています。
石崎 信之[メカ設計]
そうですね。ZX2のステンレスからコルソン系銅合金に替えました。これは今回初めて採用したのですが、銅を主成分としているので高い導電率を保持しながら、リアパネルに必要な剛性も十分に備えた非常にありがたい材料なんです。ステンレスに比べて導電率が約20倍にもなるので、音が断然良くなりましたね。
佐藤 浩朗[音質設計]
このパーツにはオーディオ信号は全く通っていないのですが、こだわればこだわるほど音に違いが出てきます。NW-ZX1(以下“ZX1”)以来ずっと続けている「筐体をグラウンドとして使う」という手法の最新版ですね。
石崎 信之[メカ設計]
もともとZX2開発時に、アルミ素材の純度等で試行錯誤している中で「銅でも筐体を作ってみようかな……」とふと思ったのがきっかけです。
佐藤 浩朗[音質設計]
重くて電気抵抗値の低い銅は、音質だけを考えれば理想的な素材と言えます。実はZX1のときには真鍮製の筐体も作ったのですが、これは高域が芳しくなかったのでボツになりました。でも、そういった「素材の比重と抵抗値のバランス」を探る紆余曲折がなかったら銅には目を向けなかったかもしれません。
石崎 信之[メカ設計]
コストや重量などポータブルオーディオの素材としては課題もありましたから、当時は量産するつもりなんて全然なく、あくまでも音質研究のための試作品という位置づけでした。いつか、3〜4年後ぐらいに製品として出す機会があればいいな……というぐらいの心積もりでした。
佐藤 浩朗[音質設計]
実際に聴いてみると、これがもう抜群に良かったんです。とはいえ、さすがに無酸素銅で作るほど無謀とは思えず、試作品だしタフピッチ銅を使ったに違いないと推測してメカ設計に聞いてみたら「無酸素銅に決まっているじゃないですか!」と怒られてしまいまして(笑)。
石崎 信之[メカ設計]
無酸素銅が調達できるのは日本ならではのところがありますし、試作品とはいえせっかく作るのなら、やっぱり手に入る中で一番の素材を選びたいですからね。
佐藤 浩朗[音質設計]
ZXシリーズでのアルミ筐体等の実験によって、その純度が高ければ高いほど音質に良い影響を与えることがわかりました。それは他の素材でも一緒で、純度が下がるとほんの少し抵抗値が増えて……その少しが音に効いてきてしまうのです。
石崎 信之[メカ設計]
スペックとしては同じ数値で表記されているぐらいなので、両方の抵抗値を測ってもほとんど変わらないのですが……聴感上はだいぶ差が出てくると思っています。
佐藤 朝明[プロジェクトリーダー]
正直に言うと「無酸素銅でいこう」と決めたときには、まだ量産できるところまで裏が取れていなかったんです。ただやはり我々としては、ZX2の試作品によってその音の素晴らしさを知っていただけに、なんとしても製品化したいという想いが強かったのでメカ設計に無理を言いました。
石崎 信之[メカ設計]
いざ製品化のフェーズになると、「量産してもメカ設計的に大丈夫だよね?」とほうぼうからのプレッシャーがきつかったですね(笑)。実際、銅という素材は柔らかくて重いので、落下したときのことを考えると……。
佐藤 朝明[プロジェクトリーダー]
特に強度に関しては段階的に日程を決めて、「この時期までにこのような試験をクリアできれば大丈夫」という試験を何度も繰り返しながら裏を取っていった感じです。
石崎 信之[メカ設計]
構造的にはZX2のようなフレーム状の筐体ではなく、バスタブのようながっちりした形状にすることで全体として面の部分を増やし、強固にしたということが解決策のひとつ。それと厚みも寄与しています。これはバランス接続対応による副産物のようなものですが、アンバランス接続用と合わせて回路両面に大型のコイルなどが配置されたことで筐体の厚みが増し、それによって必要な強度を担保できました。
石崎 信之[メカ設計]
純度が高い材料というのは粘りが強いので、切削に対する抵抗がとても大きくなります。そのため非常に削りにくく、切削する刃物もすぐにダメになってしまいます。今回はさらに重さにも悩まされましたね。切削前の無酸素銅ブロックは約1.8kgもあるんですよ。
佐藤 朝明[プロジェクトリーダー]
銅の方がアルミの約3.1倍重いので、アルミと同じように削るとだいぶ重い筐体になってしまいます。とはいえ軽くしようとすると、今度は強度が不足してしまう。ポータブルオーディオに求められるファクターとして、完全に相反する難儀な性質なんですよね。
石崎 信之[メカ設計]
そこのところの最適なバランスを探りながら加工条件や使用する刃物を調整していって、結果的に加工時間はアルミの1.5倍ぐらいかかっています。
石崎 信之[メカ設計]
銅に直に金メッキを施してしまうと、メッキ上にどうしてもピンホールができてしまいます。ポータブルオーディオなので当然外に持ち出したり、指で触ったりするわけですが、そういった湿度が高い環境だとその小さな穴のところから錆びてくるので、間に絶対に下地メッキを入れる必要があるのです。
見た目の仕上がりに優れているので、通常はニッケルメッキを下地メッキに使うのですが……磁性体であるニッケルメッキは音に対して悪影響を与えてしまうので、今回は音質最優先で非磁性体である三元合金メッキを選びました。
このメッキで外観をきれいに仕上げるには、素材とメッキ工程ともに高いクオリティーが必要となり技術的な難易度が高いのですが、音質のためには絶対に譲れないところでしたね。
吉岡 克真[電気設計]
350mF(ミリファラッド)から500mFに増えました。そのぶん電源変動の大きな波ができたときの電力供給能力も高くなっているので、さらに電源が安定するようになりました。ただ容量が大きいだけに、充電するのにとても時間がかかるんです。これを満タンにするのに約220秒必要なので、電源オンからそれまでは音がまだ完璧ではありません。
吉岡 克真[電気設計]
そうですね。そういったケースで瞬間的に大電力を供給することで、より正確な信号を出力できるので確かにその差は感じられます。
佐藤 浩朗[音質設計]
それだけでなく、全体的にS/N感が向上しているところもポイントです。
吉岡 克真[電気設計]
さらに付け加えると、これを充電するところのスイッチに使っている大型のFET2個をパラ付け(並列接続)にしたことで、より低い抵抗値で充電や電力供給を行えるようになりました。
吉岡 克真[電気設計]
これはWM1シリーズ専用に開発したもので、赤(+)と黒(−)のケーブルを各2本に増やしました。はんだ付けの箇所が増えてメカ設計には苦労をかけましたが、おかげでケーブルの抵抗値を1/2にすることができ、電力供給能力を上げることができました。
石崎 信之[メカ設計]
本当にやっかいでしたよ。軽い調子で「5本に増やすから」って言われて……だいたい事後報告ですからね(笑)。
吉岡 克真[電気設計]
プリント基板のスルーホールを2倍に増やしています。スルーホールというのは、基板の表面と裏面をつなぐメッキされた穴のことで、その穴が多ければ多いほど電気が流れやすくなるというわけです。
佐藤 浩朗[音質設計]
こういった電池周辺の小さな改良の積み重ねによってボーカルや楽器の透明感が向上し、また音の立ち上がりやスピード感なども強化されているので、メカ設計の献身は大いに報われたと思います(笑)。
ウォークマンWM1シリーズ
NW-WM1Z / WM1A
「音」に込められた想いまで、耳元へ