まるで音に包み込まれるような、これまでにない音楽体験を味わわせてくれる「360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)」。国内における本格始動から1年が経過しました。ここでは、360 Reality Audio に活用されている技術がどういうもので、楽しむために何が必要かといった基礎知識に加え、今、360 Reality Audioが音楽業界のアーティスト、エンジニアから高い評価を集めている理由、ライブ映像配信など今後の展望について、360 Reality Audioの開発と普及に携わってきたメンバーたちが解説します。
仁科:360 Reality Audioの体験を一言で言うと「全方位から音が降りそそぐ、新体験。」となります。ボーカルやコーラス、楽器などといった音源一つひとつに位置情報を付けて360度全天球に配置した音源データを、ヘッドホンや対応するスピーカーなどで再生することにより、あたかもアーティストの奏でた音に囲まれているような立体的な音場を再現するというものです。
江島:まず大きな特長が、360 Reality Audioでは音を下方向にも配置できることです。これによって足下から響き渡るような音の再現も可能になり、没入感がより高まる効果を期待できます。
そしてもう一つがヘッドホンで聴いた時の音場の再現性の良さです。実は音の聞こえ方にはかなり個人差があり、立体音響を高いレベルで実現するには個々の聴感特性に合わせ込む必要があることが分かっています。そこで360 Reality Audioでは、専用のアプリで耳の形をカメラで撮影し、そこからその人の聴感特性を推定して再生する音に反映することで、よりリアルな立体音響体験を楽しめるようにする個人最適化の技術を導入しています。
ソニーの個人最適化対応の認定モデルでは専用のアプリで音場やヘッドホンの音響特性を
最適化することで、よりリアルな臨場感を楽しめます
江島:360 Reality Audioは、「オブジェクトベース」のソニー360立体音響技術を用いて新しい音楽体験を生み出しています。従来のオーディオは「チャンネルベース」と呼ばれる、決まった位置に決まった数のスピーカーがあることを前提とした技術を用いているのですが、「オブジェクトベース」では、それぞれの音を360度全天球の好きな位置に配置でき、そのメタデータを再生機器まで届けられる点が大きな特長です。
江島:そこで360 Reality Audioでは、再生機器側で「レンダリング」および「バーチャライズ」という処理を行い、機器ごとに異なるスピーカーの配置や数に合わせて音を最適化して、どのような環境でも音が立体的に聞こえるようにします。360 Reality Audioの制作現場ではリファレンス環境として13個のスピーカーを想定していますが、これらのソニー独自の360立体音響技術を駆使することで、再生時にはヘッドホンやワンボックスタイプのスピーカーであってもまるで上下左右から音が鳴っているかのような立体的な音を楽しんでいただけます。
従来のステレオ音源では、音楽が頭の中で感じられます。360 Reality Audioでは、リスナーの頭の周りのさまざまな位置に配置された音源が、全方位から包み込むような没入感のある体験ができます。
ステレオ音源の特長は、左右2つのスピーカーから、すべての音源がミックスされて聴こえることです。
一方、360 Reality Audioでは、リスナーを取り囲む全天球の音場上に配置されたボーカルやコーラス、楽器などの音源が全方向から降り注ぐ音源を楽しむことができ、これまでにない没入感のある音楽体験ができます。
仁科:昨年(2021年)は、音楽配信サービス各社からの360 Reality Audioの楽曲配信がスタートし、また360 Reality Audioに対応したスピーカーも発売されるなど、まさに“立体音響元年”と言える年だったと考えています。そして、その盛り上がりを受けて360 Reality Audioを楽しむお客さまの数もこの1年で10倍近くにまで広がりました。ステレオ配信とは異なる体験価値を評価してくださっていただけていることを実感しています。そのユーザー層も幅広く、J-POP・洋楽ファンはもちろん、アニソンやEDMなど、さまざまな楽曲のファンの方々に喜んでいただけているようです。
庄司:360 Reality Audioのサービスは海外で先行スタートしていたこともあって、国内本格始動直後は洋楽が多かったのですが、現在はJ-POPやアニソンなど国内楽曲も幅広く追加されています。さらにライブ音源などの配信も加速しており、現在では合計1万曲以上の360 Reality Audioの楽曲を楽しんでいただけるようになっています。
庄司:はい。実は今年の年始にソニーストアでとあるアーティストのライブ音源を360 Reality Audioで楽しむという試聴会を行い、大変な好評をいただきました。音源は新型コロナ禍が始まる前に収録したライブ音源を360 Reality Audioにミックスしたものだったのですが、臨場感あふれる体験によって、かつて声を出してライブを楽しめていた頃の記憶や感情が強く呼び起こされたのか、涙を流されるファンの方もいらっしゃったほどなんですよ。360 Reality Audioのライブ音源では、スタジオ収録音源をステレオ環境で聴いたのとは大きく異なる立体音響ならではの体験をお楽しみいただけると考えています。
庄司:この1年、私と渡辺で毎週のように制作スタジオを訪問し、たくさんのアーティストやエンジニア、プロデューサーの皆さんにデモをしてきました。皆さん、360 Reality Audioに強い興味を持ってくださっていて、多くのヒットチャート常連アーティストの方々が楽曲制作に乗り出してくださるようにもなっています。また、360 Reality Audioの制作に対応したスタジオもかなり増えてきています。
庄司:先ほど江島がお話ししたチャンネルベースの環境では、たとえばステレオ(2ch)音源の場合、すべての音を左右2つのスピーカー位置にギュッと詰め込まなければなりません。その結果、いくつかの音の成分が聞こえにくくなってしまっていることは否めませんでした。
渡辺:これまで、アーティストやエンジニアの皆さんは、ステレオ音源という2チャンネルの“キャンバス”の上に音をどういうふうに収めるかに知恵を絞っていました。その際、たとえばボーカルやベース、キック(ドラムセットの低音部分)などのミックスの中央に配置したい音をどう分離させてどう調和させるかが腕の見せ所で、具体的にはそれぞれの音を加工してバランスをとっていました。これに対し、チャンネルという概念から解放されるオブジェクトベースの360 Reality Audioでは、キャンバスが大きく広がっていますからそれぞれの音を加工しなくてもレコーディングされた音のまま、それぞれを上下方向の配置を使うことで立体的な作品作りが出来ています。
庄司:アーティスト、エンジニアの方たちからは、まさにそうしたポイントを評価いただいていて、より自由な配置ができることで、これまで聞こえなかった音が聞こえてくるようにもなるんです。制作現場でも作り手の側が「そういえば、こんな音を入れていたね」「こんなふうに弾いていたんだ」と驚いている様子を何度も見かけました。360 Reality Audioの音からは、ステレオ音源用に加工された音からは分からない、録音現場そのままの音を感じることができるんですよ。
様々なDigital Audio Workstationのプラグインとして動作するAudio Futures社の360 WalkMix Creator™を使うことによって、自由自在かつ簡単に”360度全方向から聴こえる立体的な音楽”を作ることができます。360 WalkMix Creator™はスタジオでの楽曲制作だけでなく、ノートパソコンとヘッドホンさえあればどこでも使用できます。
渡辺:そうなんです。なお、昨今の楽曲ではヘッドホンで聴かれることを意識して、まるで頭の中で音が鳴っているかのような迫力重視のアレンジを施すことが多いのですが、音場が外に広がる立体音響においてもそれに負けない迫力を出すテクニックがどんどん生み出されています。たとえばベースの音の低域部分だけを取りだして下に置き、高域成分を上に置いて、点ではなく面でベースの音が迫ってくるように感じさせたり、キックの音を下方に配置して、まるで地響きのように低音を鳴り響かせたりといった具合です。
また、そのための360 Reality Audioコンテンツ制作ツールが、多くのアーティスト、エンジニアが使っている音楽制作環境で動くようになったというのも重要なことです。ふだんの音作りの延長線上で360 Reality Audioの音作りができるので、アーティストやエンジニアのクリエイティビティを損なわずにどんどん新しいテクニックや斬新な手法が生み出されていき、この1年で本当に、360 Reality Audioコンテンツのクオリティが上がったなと感じています。
庄司:何でもできちゃうから悩ましいなんて声もよく聞きますね。中にはボーカルや楽器の音をグルグル回すように動かすなど、ステレオの時代には考えられなかったようなアレンジに挑戦するアーティストもいらっしゃいます。そうした作り手の意志が込められた楽曲が楽しめるのも360 Reality Audioの特長だと考えています。
山本:360 Reality Audioを楽しむにはいくつかの方法があります。中でも最も手軽なのは、今お持ちのスマートフォンとヘッドホンを使っていただく方法です。スマートフォンで360 Reality Audio対応の音楽配信サービスに加入していただくだけで360 Reality Audioを楽しんでいただけます。
360 Reality Audio対応の音楽ストリーミングサービスに登録してこの新しい音楽体験をお楽しみください。
スマートフォンに音楽ストリーミング
サービスアプリをダウンロードする
対応の音楽ストリーミングサービスに
登録する※1
ヘッドホンを接続して聴く※2
山本:さらに「360 Reality Audio認定ヘッドホン」をお使いいただけると、専用のアプリで耳写真を撮影して個人の聴感特性を分析し、個人最適化された音場でよりリアルにお楽しみいただけるようになります。なお現在、360 Reality Audio認定ヘッドホンはソニー製品だけでなく、他社からも発売されており、オーバーヘッド型から完全ワイヤレス型まで、ご自身のライフスタイルに合わせたものを選んでいただけます。
江島:個人最適化していない状態では、お手持ちのどんなヘッドホンでもお楽しみいただけるよう、標準的な耳の形や機器の音響特性を想定した音のチューニングをおこなっています。個人最適化すると、リスナー個人の聴感特性とその機器固有の音響特性に最適化され、よりリアルに臨場感ある立体的な音場が体験できます。ぜひ個人最適化された環境でお楽しみいただきたいと考えています。
山本:スマートフォンはどのようなものでも構いません。また、アンドロイドOSを搭載したストリーミングウォークマンでも再生可能です。
ちなみにソニーのXperia 1IV/10IVは360 Reality Audio認定スマートフォンとなっております。認定スマートフォンでは従来のステレオ音源を立体音響にアップミックスした再生が可能です。さらにXperia 1は本体スピーカーでも立体音響を楽しめます。
山本:ソニー製品ではワンボックスタイプのスピーカーとホームシアターシステム、サウンドバー、そしてワイヤレスネックバンドスピーカーが360 Reality Audio認定製品としてラインアップされています。
山本:『SRS-RA5000』や『SRS-RA3000』のようなワンボックスタイプのスピーカーはコンパクトで設置しやすく、リビングから書斎、寝室までどこにでも持っていくことができ、部屋を音で包むような広がりのある音場を実現できます。お一人もしくは少人数でゆったりと360 Reality Audioの体験に浸りたいという人向きの選択肢ですね。
対して、『HT-A9』のようなホームシアターシステム、『HT-A7000』のようなサウンドバーは、内蔵されているスピーカーの数が多く、出力も大きいので、迫力ある立体音響空間の再現が可能です。ライブ音源などをリビングに集まって皆で楽しみたいという人にはこちらがおすすめです。
ワイヤレスネックバンドスピーカーはヘッドホンと同じく一人で360 Reality Audioを楽しみたい人向けのものなのですが、肩にかけるだけで耳を塞ぐことがないので、長時間、ストレスなく音楽を楽しむことができます。
山本:はい。もちろん今後も360 Reality Audio対応製品はどんどん拡大していければと考えています。
山本:日本では現在、Amazon Music Unlimited、nugs.net、WOWOW Lab、4つのサービスで360 Reality Audioを体験していただけます。* なお、Amazon Music Unlimitedは昨年春の国内本格始動時点では認定スピーカーでの再生にしか対応していなかったのですが、2021年10月19日からヘッドホンでの体験にも対応。ユーザー数の大きなサービスで手軽に360 Reality Audioを体験できるようになったことで、視聴者数も増え、認知度も大きく高まりました。
*2022年5月30日時点
山本:360 Reality Audioの楽曲は、基本的には同じものが各サービスで楽しめるのですが、一部、そのサービスだけの特別なコンテンツが存在します。
Amazon Music Unlimitedはこれらの中で最大の規模を誇る大手サービスということで、邦楽洋楽含めコンテンツが多いことが特長です。また、360 Reality Audio楽曲をまとめたプレイリストも用意されているなど、対応楽曲を探し出しやすくなっています。WOWOW Labはその名前の通り、少し実験的なアプリで、これまでになかったような独自の体験を提供しています。nugs.netはまだ日本で認知度が高いとは言えないサービスなのですが、それだけに国内ではなかなか出会えないような楽曲に出会えたりする新しい発見のあるサービスです。
庄司:まず最も大きな違いとしては音声だけでなく映像が付いています。WOWOWさんが収録されたライブ映像コンテンツなどの音を360 Reality Audioにしたものです。もちろん360 Reality Audio認定ヘッドホンをお持ちであれば個人最適化された音場でお楽しみいただけます。
庄司:国内アーティストのライブ映像が主なのですが、クラシックコンサートなども配信されています。少しユニークなものとしては花火大会の映像もあって、どちらも音の定位感を視覚と合わせてよりリアルに感じることができ、360 Reality Audioの新しい可能性を感じることができます。専用アプリをインストールすればどなたでも無料で視聴できますので、ぜひお試しいただきたいですね(一部コンテンツはWOWOW契約者限定)。
仁科:音楽ライブのオンライン配信への取り組みを今後強化していく予定です。新型コロナ禍の影響で、オンラインライブ配信の市場が大きく伸びており、またオンラインならではの楽しみ方も広がってきている中、今後、感染拡大が落ち着いてもオンラインライブが並行して開催されるケースが予想されています。そこに対して、360 Reality Audioを提供できれば、超臨場感という付加価値でオンラインライブの体験を次のステージに持っていけるのではないかな、と。
また、360 Reality Audioで使っている360立体音響技術を活用して、音楽だけに囚われず、たとえば声優イベントや舞台等を立体音響化して楽しんでいただくという取り組みも実証実験というかたちですでに始めています。
山本:銀座などのソニーストア各店で体験できる環境を用意しているほか、家電量販店などでも360 Reality Audioを試せる場所を増やしているところです。まだ360 Reality Audioを聴いたことがないという方にはぜひお試しいただきたいですね。
庄司:また、我々が運営しているSOUND DIVEというWebサイトで、映像付きライブ音源などさまざまな360 Reality Audioの楽曲を無償で配信中です。ヘッドホンでお楽しみいただけ、個人最適化はされていない体験となってしまうのですが、それでも充分に立体音響の楽しさは味わっていただけると思います。
庄司:今、360 Reality Audioの世界には、アーティストやクリエイターが、立体音響の楽しさを詰め込んだ楽曲がどんどん増えています。これまでのステレオ音源とは異なる、アーティストたちの提案する全く新しい音楽を、ぜひ体験してみてください。
渡辺:あるアーティストの方には、360 Reality Audioの登場は、音楽がモノラルからステレオに変わった時と同じくらいの革命であると言われました。しかも、それを享受するためのスマートフォンとヘッドホンという環境をすでに多くの人が持っているんですよね。多くのアーティスト、クリエイターがそれをとても大きなことだと感じてくださっており、360 Reality Audioのポテンシャルを活かしたイマジネーション、クリエイティビティをぶつけた作品作りを行っています。読者の皆さんにはそれを真正面から受け止めていただきたいですね。
江島:私が技術担当として皆さんにお伝えしたいのは、ぜひ一度、ヘッドホンで聴いてみていただきたいということです。スピーカーでの体験ももちろん素晴らしいのですが、ヘッドホンで聴いているのに、音がヘッドホンの外側から聴こえるという体験は、誰もがすごいと感じるはずですから。きっとビックリすると思いますよ。
山本:私もそれは同感で、初めてヘッドホンで360 Reality Audioを聞いた時は、思わず音の鳴っている方向に振り向いてしまったほど(笑)。ぜひ、認定ヘッドホンで個人最適化された360 Reality Audioの音を体験していただきたいですね。また今後、これまで仕込んできたさまざまなアーティストとのコラボがどんどん配信されていく予定ですので、楽しみにしていただければなと思っています。
仁科:今回、いろいろな側面から360 Reality Audioの魅力についてお話させていただきましたが、やっぱり、360 Reality Audioって百聞は一見にしかずなところがあるんですよね。ですので、まずは体験していただきたいな、と。未来の音楽体験としてとても面白いものになっていますので、ぜひ。よろしくお願いいたします!