ソニー パーソナルエンタテインメント事業部 ヘッドホン技術 担当部長 投野 耕治氏
ソニーのヘッドホンの歴史はドライバーユニットの歴史と二人三脚で歩んできたといってもいい。ソニーヘッドホンの多くに関わってきた投野耕治氏は、とりわけアウトドアで使用するタイプのヘッドホンにおける、ドライバーユニットいう「パーツ」と、ヘッドホンという「プロダクト」、その切っても切り離せない、緊密な関係について語る。
1979年に初代ウォークマンが発売された際、同時に発売されたヘッドホンが「MDR-3」だ。これこそが、ソニーのポータブルヘッドホンの祖といっても差し支えない。23mm径というサイズのドライバーユニットを採用し、これまでにない軽量さを実現したMDR-3は、外出時にも気軽に持って行けるコンセプトで人気を博した。
だが実は、MDR-3の23mmドライバーユニットとほぼ同時に、さらに小型な16mmのドライバーユニットも開発されていたのだ。23mmのドライバーユニットと比較するとパワーは小さかったが、その小型さはポータブルヘッドホンにおける大きな可能性でもあった。ここまで小さければ、耳の穴に入れられるのでは…。そう思い立ったソニー開発陣は、まったく新しいタイプのヘッドホンの開発に向けて歩みを進めることになる。
「H・AIR」シリーズの第1号機「MDR-3」。初代ウォークマン「TPS-L2」の付属品(別売)として発売された。シリーズ名の由来は 「髪のように、空気のように軽い」こと。ドライバーユニットには23mmのものを使用
そのコンセプトが具現化したのが、1982年にリリースされた「MDR-E252」。ヘッドバンドもイヤーパッドもない、外耳のくぼみにはめこむその形態は、まるで「裸の」ドライバーユニットそのものがヘッドホンになってしまったかのようであり、世界初の「インナーイヤーヘッドホン」として、世界に衝撃を与えた。
「N・U・D・E」の第1号機「MDR-252」。装着していることを感じさせないゼロフィット・コンセプトで完成した、ソニー初のインナーイヤーヘッドホン。ドライバーユニットは16mmドライバーを採用。むしろ、ドライバーユニットの16mmというサイズから発想されたといえる製品であった
「その後も、ドライバーユニットの開発は進んでいきました。30mm、23mm、16mmと7mm刻みで開発されていったため、自然と、16mmの次は9mmだ、ということになりました」(投野氏)
難航はしつつも、無事完成した9mmのドライバーユニット。しかし、小型さゆえ、従来のインナーイヤーヘッドホンの手法では十分な音量が得にくく、求める周波数特性も得られなかったというそれは、音作りにおいて使いこなす方法が見出せないまま、塩漬けになってしまった。
それから10年以上が経過し、96年からひとつのプロジェクトが動き出した。それが98年に発売された初のカナル型ヘッドホン、「MDR-EX70SL」である。ハウジングを耳穴深くに挿入すれば、9mmというドライバーユニットのサイズを活かした装着方法と音質が実現できる。そんな発想から生まれた「MDR-EX70SL」は、いまや完全に市民権を得たカナル型ヘッドホンの先駆けとなる、画期的な製品となった。
MDR-EX70SLはソニー初のカナルタイプインナーイヤーヘッドホン。小型9mmドライバーを採用しているエポックメーキングな製品
このあとも、さらなる進化は止まらない。さまざまなアイディアが浮かんでいった。
「ドライバーユニット開発に関しては、7mm刻みでいえば次は2mmとなりますが、ダイナミック型のドライバーユニットでは、それはもはや非現実的。そんななか、バランスド・アーマチュア型ドライバーユニットの存在を知り、ソニーでの自社開発に着手し始めました」(投野氏)
その成果が、先日発表されたバランスド・アーマチュア・ドライバーユニット搭載ヘッドホン、Sony's BA Premium Headphonesというわけだ。
ソニーヘッドホンの最新ラインアップであるバランスド・アーマチュアヘッドホンには超小型のバランスド・アーマチュア・ドライバーユニットを1〜4個搭載する
ドライバーユニットとひとくちで言っても、これだけのサイズ、種類が存在する。まさにソニーのヘッドホンの歴史そのものともいえる
小型化のたびに、ヘッドホンの新たな可能性を切り開いてきたドライバーユニット。だがもちろん、進化の方向性は小型化だけではない。逆に、ドライバーユニットをどこまで大型化できるか、というチャレンジも行なわれている。その成果のひとつが近年の異色モデル「XB-1000」だ。発表当時各方面にその巨大さで衝撃を与えたこのヘッドホンは、世界最大といわれる70mmのドライバーユニットを採用し、圧倒的な重低音を実現している。
今後もドライバーユニットは進化・改良を続け、それによってヘッドホンの新しい可能性を切り開いていくはずだ。
装着時の見た目のインパクトはおそらくソニーのヘッドホン中随一の「XB-1000」
余談ではあるが、ドライバ開発において振動板の材質改良も数多く行なわれている。たとえば、通常ダイアフラムはペットのフィルムで作られる、この振動板に何を用いるかで音は大きく変化する。左がペットフィルム、右が液晶ポリマーの振動板