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ソニーヘッドホン進化の歴史 その裏側の技術に迫る

デジタル技術がもたらした、ヘッドホンの進化

ヘッドホンは、基本的にアナログ技術の産物だが、そこにデジタル技術が組み合わされることにより、驚くほどの可能性が生まれる。その一例が、ノイズキャンセリング・ヘッドホンの進化だ。

  • ソニー初にして世界初の市販ノイズキャンセリングヘッドホン2機種。左がインナーイヤー型の「MDR-NC10」、右がオーバーヘッド型の「MDR-NC20」

今でこそそのコンセプトが理解され、量販店などでも普通に購入できるようになっているノイズキャンセリング・ヘッドホンだが、もともと飛行機のファーストクラス用のシステムとして開発され、はじめて世に出た当初は業務用に販売されているのみであった。

そんな中、ノイズキャンセリング・ヘッドホンの開発に取り組みはじめたソニーは、1995年に世界初の「市販の」アナログノイズキャンセリング・ヘッドホン「MDR-NC10」と「MDR-NC20」を世に出した。非常に画期的なヘッドホンではあったが、当時はあまり一般に受け入れられず、ノイズキャンセリング・ヘッドホンという存在の認知度すら上がらなかったのが実際のところだった。

ノイズキャンセリングの基本的な考え方は、昔も今もほとんど変わらない。ヘッドホンの外部から来る音(=ノイズ)の逆相の信号を生成し、ノイズにぶつけ、ノイズを打ち消してしまうという発想だ。

  • ソニー パーソナルエンタテインメント事業部1部 主任技師 角田 直隆氏

「ただ、一言で逆相といっても、実はそれほど単純なものではありません。ヘッドホンを耳に装着すると、ヘッドホン自体によって外からの音はある程度遮断されるので、実際に耳に聞こえるノイズとヘッドホン内蔵のマイクが感知するノイズは異なるものになります。こうした耳栓効果の影響を考慮した逆相信号が必要となるのです」(ソニー 角田 直隆氏)

「MDR-NC10」や「MDR-NC20」などのアナログノイズキャンセリング・ヘッドホンでは、この逆相信号をアナログ回路で生成させていたのだが、そこには大きな問題があった。

「より良いキャンセル性能を得るために必要な高精度の逆相信号をアナログ回路でつくり出すためには、非常に大規模な回路が必要となり、サイズが大きくなってしまいます。しかも、この大規模回路が逆にノイズ源になってしまうという問題を抱えてしまう。さらに言えば、素子の性能のバラツキも無視できないのです」(角田氏)

どうすればより効率的で高性能なノイズキャンセルが行えるのか? そこで登場した発想が、これまでのアナログ回路による処理ではなく、デジタル信号処理によってノイズキャンセリングを実現しようというものだ。デジタルによって逆相信号を生成すれば、最小限の回路設計で済み、なおかつどんな状況でも正確な信号を作り出せるというメリットがある。

デジタル処理によるノイズキャンセリングのために、まずDNC(デジタルノイズキャンセリング)ソフトウェアエンジンの独自開発が行われた。しかし、そのソフトウェアエンジンを実際に採用するためには、ハードウェアの高性能化と小型化が必要だった。

  • 世界初のデジタルノイズキャンセリング・ヘッドホン「MDR-NC500D」

「90年代前半からデジタルでのノイズキャンセリングには取り組んでいましたが、やはりDSPの大きな処理パワーが必要となります。当初はヘッドホンの外部にラックマウントの機械2台をつなげてなんとか実現していたほどで、持ち歩くなどということは非現実的なことでした」

ソニーは、DNCに最適化した小型DSPの開発に取り組み、同時にDNCアルゴリズムのハードウェア制御など、ソフトウェア側の最適化も推し進めていった。そして2008年、ついに世界初のデジタルノイズキャンセリング・ヘッドホン、「MDR-NC500D」の誕生に至る。

MDR-NC500Dは、デジタル処理により従来機種に比べノイズキャンセリング性能を大きく向上させていた。また、角田氏が当初からこだわった音質の面でも、大きく底上げがなされた。

そもそも音質がいいとはどういうことなのか? 角田氏は「音質の三要素は周波数特性、ダイナミックレンジ、S/N比です」と語る。ノイズキャンセリング処理というのは、極論すると、S/N比を向上させて音質を良くしよう、という取り組みだ。では、周波数特性に関してはどうか。

  • デジタルイコライザーによって安定した音響特性を実現できる

たとえば、ノイズキャンセリング・ヘッドホンがキャンセルしなければならないノイズには、低音が多く含まれている。それらを限られた電力で効率良くキャンセルするためには、必然的に低音域で感度の高い音響設計としなければならないが、このままでは低音に偏った音質となってしまう。ノイズキャンセリングのデジタル処理によるメリットのひとつは、こうしたノイズキャンセリング・ヘッドホンならではの音響特性をはじめとした周波数特性の崩れをデジタルのイコライザー回路によって補正することで、自然な音質を実現できることなのだ。

  • ノイズキャンセリング採用の現行機たち。(最新のXBA-NC85D 右下)は、インナーイヤー型ながらついに電池ボックスが無くなり、取り回しが大幅に便利になった

さらにMDR-NC500Dには、周囲の騒音の状況に合わせてノイズキャンセリングのモードを自動で切り替えするAIノイズキャンセリング機能が搭載された。こうしたインテリジェントな機能は、まさにデジタル処理なくしては実現不可能な特長であった。

その後、MDR-NC500Dの基本的な機能は後続の製品に受け継がれ、世代を重ねることによってノイズキャンセリング性能は向上していった。そして、ノイズキャンセリング・ヘッドホンの最新機種、「XBA-NC85D」では、「小型化」の面で長足の進歩を遂げている。

「MDR-NC600Dの消費電力は230mW程度で、それを維持するためには、大きなバッテリーが必須でした。ちなみに、この230mWの大半をDSPが消費していました。しかし最新のXBA-NC85D用に独自開発したDSPでは、消費電力はたったの3mW。その進化はすさまじいです。しかも、XBA-NC85Dは左右それぞれのハウジング内にDSPが1つずつ搭載され、よりノイズキャンセリング効果を高めているのです」(角田氏)

このようにコンパクトで、かつ高音質に進化してきたノイズキャンセリング・ヘッドホンだが、長期的な視野でみれば、まだまだ追い求めるものはいろいろあるという。

  • 最新のXBA-NC85Dにおいて、一体何が小型化に寄与しているか、端的に理解できる写真がこちら。まず、電池ボックスに搭載されていた単3型乾電池は、充電式バッテリーとなりハウジングに内蔵された(上段)。次に、ドライバーユニットは小型のバランスド・アーマチュア・ドライバーユニットとなった(中段)。そして外部のノイズを拾得するマイクは、超小型のMEMSマイクを新たに採用(下段)。いずれの要素も劇的な小型化に貢献している

「当然のことながらノイズキャンセリング性能をさらに高めるとともに、価格的にももっと安くしていきたいと思っています。またさらなる低消費電力化を実現させ、バッテリーを今以上に小型化、長寿命化を実現させていきたいですね」(角田氏)

デジタル技術はヘッドホンの可能性を大きく広げることができる。アナログ回路からデジタル処理に移行したことでその性能を大きく向上させたノイズキャンセリングヘッドホンはまさにその一例だ。

一方で、デジタルなくしてはありえなかったヘッドホンがある。それが、デジタルサラウンド・ヘッドホンだ。ヘッドホンという、物理的には2chのオーディオ機器で、擬似的に多チャンネルのサラウンドを実現するデジタルサラウンド・ヘッドホンは、まさしくデジタル処理の進化が生み出した寵児といえる。

今後も、デジタル技術がヘッドホンにもたらす革新を期待していきたいところだ。

  • デジタルプロセッシングがもたらした技術革新は、なにもノイズキャンセリングだけではない。「デジタルサラウンド・ヘッドホン」の分野も、デジタル処理無くしては登場しなかった製品だ。そのあたりは、次回の記事でじっくりと解説していきたい

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