続いて音響技術についてお聞かせいただきたいのですが、『XBA-300』にはリニアドライブ・バランスド・アーマチュアという技術を採用されていますね。これは音質にどのような影響を与えているのでしょうか。
鈴木 リニアドライブ・バランスド・アーマチュアではシンメトリックアーマチュアとダイレクトドライブ構造を採用しています。これにより線形性の高い振動を得ることができます。つまり入力信号に対して正しく振動板が動いてくれるということですね。これによって濁りのない透明度の高い音を再現することができるので、BAの特性である解像感の高さをより増感させることができます。
この技術に最初に着目されるきっかけはなんだったのでしょうか?
鈴木 話は2013年まで遡りますが、当時、我々は第一世代のBAドライバーを徹底的にレビューして、BAの特長である音の透明度をもっと引き出すためには何を改善すればいいのかを研究していました。そして見えてきたのが振動の対称性です。BAドライバーの内部構造はアーマチュアと呼ばれる部品がマグネットに挟まれていて、その先端が振動板につながっています。そこは非常に微少な振動なんですよ。動いたとしても最大で100ミクロンもいかないくらいの振動なんですが、この微少な動きを徹底的に分析した結果、上下運動の対称性がアーマチュアの形状によって向上することが分かったんです。リニアドライブ・バランスド・アーマチュアはこれを改善するために改良を重ねてできあがった構造なんです。
ミクロン単位の動きでも音に影響が出てくるんですね。
鈴木 はい。透明感が変わってきましたね。ただ、目に見える動きではないので、測定方法が確立して完成形に至るまでは、これが本当に正しいのか悩みながら苦労したのを覚えています。ちなみに、ハウジングの設計でもドライバー前面のスペースを100ミクロン、200ミクロンと広げたり狭めたりと変化させるだけで測定には出てこないですが音が変わります。『XBA-300』はそこまで各部を調整し、追い込んで音作りを行いました。
開発者魂を感じるお話しですね。ほかにBAユニットで特筆すべき点はありますか?
鈴木 振動板ですね。今回はフルレンジ、ウーファー、HDスーパートゥイーターという各帯域ごとに3つのBAユニットを使っていますが、それぞれの帯域に最適な振動板を採用しています。フルレンジには全ての帯域をまんべんなく鳴らせるような振動板を。ウーファーは高域を犠牲にしても低音域で可動性の高い振動板にすることと、放音孔を微細な穴にすることで中〜高域をカットして低音域専用としています。HDスーパートゥイーターは高域の表現力を高められるように、軽量で剛性が高いアルミの振動板を使いました。第一世代でも各帯域ごとにBAユニットを組んでいましたが、ウーファーの振動板までを最適化させるというのはこれが初めてです。さらにそれぞれに音響フィルターを付けることで、全体的な解像感であったり低音のキレ、追従性というのも高めることができました。
それでは続いて音導管に真鍮を使った意図を教えてください。
鈴木 音導管の内径を大きくすることが最大の目的です。そうすることで高音域の伸びを高めることができます。しかし外径はそのままに内径を大きくしようと思うと音導管そのものの剛性の低下が問題となります。真鍮は金属なのでプラスチックなどと比較すると薄くても剛性が得られます。加えて真鍮は金属の中でも内部損失が高く、余計な響きを発生させないという特性も持っているので採用しています。
HDスーパートゥイーターとダブルレイヤードハウジングについてはいかがですか?
鈴木 HDスーパートゥイーターは既存モデルに採用されているものと同じで、振動板にアルミニウム合金を使い軽量化と高剛性化を両立して、超広域再生を可能にしています。具体的には、シンバルを叩いた時のアタック音の余韻が、トゥイーターがあるのとないのとでは聴こえ方に大きな差が出ます。ダブルレイヤードハウジングは、アウターとインナーでハウジングが二つありますが、ドライバーを入れて固定するインナーの部分に、マグネシウムを採用することで余計な振動を吸収してくれます。さらに異素材のアウターハウジングを使い複合させることによって並列化し振動をより抑制しています。これによって音を瑞々しく、よりクリアにするこができました。
なるほど。これらの技術の結集と音質向上の追求が、先ほどご説明いただいた音のダイレクト感というのにつながっていくんですね。ちなみに本機の音響特性を最も効果的に実感できるのはどのような音楽でしょうか?
鈴木 効果がわかりやすいと言う意味では、少ない楽器でシンプルに構成された楽曲だと、ダイレクト感を感じていただきやすいとは思います。既に『XBA-Z5』を始めハイブリッドタイプで鳴らせる音があり、同じものを作っても意味がないので、よりBAらしい音が聴けるように調整を繰り返し完成した音質です。
ちなみに『XBA-300』は当然のようにハイレゾ音源に対応していますが、音を作る際にハイレゾ対応を謳う40kHz以上の高域再生という数値を意識されることはあるのでしょうか? つまり、ハイレゾのスペックに合わせて音を作るのか、それとも良い音を追求した先に、結果としてハイレゾ対応が付いて来るのでしょうか?
鈴木 私は両方だと思います。今、確かにオーディオ業界のトピックはハイレゾですし、このムーブメントを我々もしっかり捉えたいと考えています。なので、ハイレゾロゴは重要なアイコンですし、当然これに値するスペックを超えることは課題になります。ただ、我々はスペックを超えることを目標にしているわけではありません。スペックを超えるのは音作りの中の一つの過程であり、最終的な着地点は常に“その時のベストな音を皆さまに届ける”ことだと考えています。
小型化以外に田中さんがデザイン面で苦労されたポイントを教えてください。
田中 お話しした通り、デザインのリテイクがあったので、デザインワークの時間が限られていました。その上で、複数のパーツで構成される構造でありながら上質なデザインに仕上げるために、透明素材を使うことを考えたんですが、透明材って言葉で説明すると上質なイメージには直結しにくいんですよね。しかも嵌合型で構造も複雑なので、開発メンバーそれぞれの想像に誤差が生じてなかなか理解が得られない。なので分解模型を含め、全部手作りで試作して社内プレゼンにかけました。あれこれ口で説明するより見せちゃった方が早いので。
言葉にすると乱暴ですが、その方が確実ですよね。
田中 ええ。各パーツの型も外部に頼んでしまうと時間がかかるので、掃除機で吸う真空成形器を自作して、電気コンロで炙って作ってましたね。これで時間を短縮して、何とか完成に漕ぎ着けました。
透明にした具体的な理由を教えてください。
田中 デザイン的なアクセントと小さく見える工夫です。中の構造が少し見えることで全体的なボリューム感が落ちるんですね。ただ、中身がスカスカだと今度は安っぽく感じてしまうので凝縮感は伝わるようにしています。また『XBA-300』は音質を高めるための重要なパーツとしてマグネシウムを採用しているので、スケルトンで見える部分でも、その金属感が伝わるようにしました。スモーク成形色の明度も含め、これらのデザイン要素のさじ加減も非常に苦労したポイントですね。小さく見せる理屈と直観性で所有欲をくすぐれるんじゃないかと思ったんです。
そのほかにデザイン面での工夫はありますか?
田中 仕掛けはいろいろしていますよ。例えばハウジングの透明ユニットは2つのパーツで構成されていますが、組み合わせたときに割り線が出てしまうとチープに見えるので、アセンブリのところで工夫してもらって正面からはそれが見えないようになっています。
鈴木 透明にして中が見えてしまうので、設計としては辛いところもあったんです。ハンダ付けにも外観の基準を設けるほど、いつもは見えない中身の構造美に気を配らないといけなかったんで(笑)。
田中 BAユニットが3基入っていて、それぞれのはめ方も一目でわかるようにレリーフを付けてます。普段はここまでしなくて済むんですが、今回はここもデザインを起こしています。結果的にはこれでBAユニット3基入ってるの? と見せた人に驚かれたので、当初の目標は達成できたと思います。
ご自身でも快心の出来になったモデルですね?
田中 確かにこのモデルとしてはやり切ったという手応えがありますね。ただ、これに満足せずに、これからもいろいろなチャレンジをしていきたいと思います。
最後に読者の皆さまに『XBA-300』のアピールとメッセージをお願いします。
鈴木 良いプレイヤーと一緒に聴いてもらえたらうれしいですね。今、昔の音源も続々とハイレゾ化されていますが、当時の記憶を辿りながらハイレゾを聴くと、鮮烈な印象が得られると思います。そういったより豊かな音楽体験を多くの方に経験していただきたいですし、『XBA-300』ならそれに応えられると思うので、是非一度試していただきたいと思います。
田中 ヘッドホンを買い替える、自分の好きな音のヘッドホンで音楽を楽しむというのは、ユーザーの皆様の後押しによって定着しました。当然そういった良い音を聴き慣れたユーザーの方々にも試していただきたいのですが、一方で普段ヘッドホンにそこまでこだわってないという方にも、ぜひ聴いていただきたいと思います。違いは一発で分かると思いますし、それぐらい自信を持てるモノに仕上がったと感じています。
BAドライバーのみで低域・中域・高域の全てを引き出し、ダイレクトで実在感のある音を感じてほしいという試み。そして、その機構をインナーイヤーヘッドホンというコンパクトな筐体に収め、なおかつ装着性やデザインへのこだわりもおざなりにしないモノづくり。開発者を突き動かす原動力は、常に“チャレンジ”の一語に尽きる。