高音域・中音域(フルレンジ)・低音域のそれぞれを3基のバランスド・アーマチュア・ドライバーユニット(以下:BAドライバー)で鳴らす新たなインナーイヤーヘッドホンが現れた。従来機からの小型化を至上命題に掲げた開発現場で、その限られた筐体内に3基のBAドライバーを積むために生み出された工夫。そして『XBA-300』で開発陣が届けたかった音とは? 音響・メカ設計を担当したソニー株式会社ビデオ&サウンド事業本部 V&S事業部 サウンド1部 MDR設計1課 鈴木貴大氏と、デザインを担当したUX・商品戦略・クリエイティブプラットフォームクリエイティブセンタースタジオ2 オーディオプロダクツデザインチーム1シニアデザイナーの田中聡一氏に話を聞いた。
まずは『XBA-300』の開発に至った経緯を教えてください。
鈴木 昨年、ソニーは「XBA」シリーズに音質を向上させた第二世代のBAドライバーユニット(以下BAドライバー)を投入しました。第二世代では、BAドライバーとダイナミックドライバーを組み合わせたハイブリッドモデルを展開していますが、BAドライバー1基で構成されている『XBA-100』というモデルもあります。このモデルはBAドライバーの特長である透明度の高い中高域を再現しています。ただ、BAドライバーが1基で表現できる音の帯域には限界があり、自分としてはまだまだBAドライバーの良さを引き出せると感じていたので、第二世代のBAドライバーでマルチウェイモデルを提供したいと思ったのが開発のきっかけです。
それはつまりBAタイプとハイブリッドタイプで音響特性的に棲み分けができると感じたということですね。
鈴木 はい。ハイブリッドタイプはウーファーにダイナミックドライバーを使っています。低音域の量感を実現するためには、やはりダイナミックタイプの方が有利ですし、最近の音楽トレンドの低域表現が豊かな楽曲を再生するのにはハイブリッドタイプが最適です。一方、解像度に優れた専用のウーファーユニットを新規開発しBAドライバーだけでマルチウェイを構成すれば、さらにBAドライバーの特長を活かした音質を提供できると考えました。
具体的にはどのような特長でしょうか?
鈴木 音のダイレクト感ですね。ボーカルや楽器の音色がダイレクトに伝わってくるイメージで、『XBA-300』ではそれを大事にしています。ライブ会場では身体に感じる低音やその響きがありますよね。BAはそういった空間の音を再現するというより、目の前で演奏者がプレイしているのを見るかのように、弦が震える音、ボーカルのリップノイズも生々しく聴こえるような、音を身近に感じることができます。それとBAドライバーのみで構成されたヘッドホンは遮音性が高いのでノイズが入って来にくく、聴感上のSN比が高くなってうるさい環境でも高音質で音楽を聴くことができます。
なるほど。それではデザインについてもお聞きします。まずは『XBA-300』のデザインコンセプトから教えてください。
田中 『XBA-300』のデザインコンセプトは明確で、装着性を高めるためにとにかく小さくデザインするということです。この中に本当に3基のBAドライバーが入ってるの?と思ってもらえることを心がけ無駄なスペースを省き、最小を目指しました。BAのマルチウェイモデルでは筐体は大きくなりがちなので、本機では耳に沿わせて極力見えないようにしています。今回、『XBA-300』を開発するに当たって鈴木さんからも特に強く言われたのが“小さく見えるデザイン”でした。その上で、形状は従来の一体型にこだわらず複数のパーツで構成する構造にもトライしてみましょうということでした。
とは言え、3基のBAを入れると大きくなるのは必然ですし、そのデザイン案を絞り出すのは困難だったのではないですか?
田中 そうですね。ぶっちゃけたお話しをすると、実はこのモデルのデザインは昨年末にガラッと変わっているんです。私の中ではその時点でデザインは一度完結していたんですが、鈴木さんからの強い要望でリテイクになりました。つまりもっと小さくしろ! ということ(笑)。変える前のデザインも社内では好評で、正直それを捨てるのは……まあ、慣れてますけどね(笑)。ただ、リテイクするときに鈴木さんから内部構造の改善案が提案されて、確かにそれなら小さくできると私も納得できました。それで気持ちを切り替えてやり直すことにしたんです。その上で、やるからには意地でも小さくしてやろうと思いましたね!
完成したデザインにリテイクを出すのは設計側としても簡単なことではないと容易に想像されますが、それでもオーダーを出されたのは何故ですか?
鈴木 最初のデザインを見せてもらったときから、もっと削れるんじゃないかって思ったんですね。それでデザインが進んでいる横で平行して内部構造を見直していて、これなら求める音を実現しつつ、サイズダウンもできる! という改善策に辿り着いたんです。サイズと装着性にはどうしてもこだわりたかったので、田中さんに怒られることを覚悟してお願いしにいったんです(笑)。
田中 全然怒ってないよ(笑)。これを見ていただければわかりますが、最初のデザインからこれだけサイズが変わっています。
確かにこれはまったくの別物ですね。鈴木さんは何故これほど小さくすることにこだわったんですか?
鈴木 これはインナーイヤータイプの宿命とも言えますが、サイズが大きいと耳が痛くなりやすかったり、落ちやすいなどのデメリットが起こります。装着性を良くするのは命題だし、最良の装着性をお客様にご提供するのが義務だと思っているので妥協はできませんでした。
小さくできると確信された技術というのはどのようなものでしょうか。
鈴木 従来、マルチウェイのBAドライバーは外耳道からの延長線上で縦に三列配置していました。今回はそれを90度回転させて、さらに縦三列で配置していたものを、フルレンジのBAドライバー1基だけウーファーとHDスーパートゥイーターの横に来るように配置(図参照)しています。これはBAユニット3基にのみ使える独特の構造ですが、これによって今までよりコンパクトに収められるようにしています。小型化の壁にぶつかったとき、今までと違った配置ならもっと小型化できるのではないかと考え、検討を重ねるうちに音響と装着性を両立できることに気付いたんです。
デザイン的にはどうやって小さく見えるように工夫されたのか教えてください。
田中 音導管に真鍮を採用したり、音質を向上させるためにマグネシウムなど上質なパーツを使用しています。そのためデザインにかけられる予算にも限りがあったのですが、とは言えチープにはできないし、したくない。鈴木さんの方から改善案の提案があったときに、これは一体型ではなく複数のパーツで構成する構造でいこうという着地点が見えました。
金属などを使ってワンパーツの一体型でデザインしようとすると堅牢性は出てくるんですが、サイズダウンにはつながりません。そこでクビレをつけたり、角の部分をなだらかにすることで、装着性は高めつつも、小さく見えるように調整していきました。
具体的にはどのような調整をされているのでしょうか。
田中 やはり角があると接触する部分が痛くなるので、耳当たりする箇所の形状は大きく滑らかなラウンドにしています。また、引っかかりになってしまうような飛び出す形状もNGにして、使っていただく方のストレスを軽減できるように心がけました。こういった意識は、ソニーが長年培ってきたデザインのノウハウを盛り込んでますね。