――まず、「MDR-Z1R」が目指したものは何なのでしょうか。
尾崎:ソニーが考えるヘッドホンの2大性能は「音質」と「装着性」です。この2つを極限まで高める狙いで、2016年現在におけるソニーの最高技術を投入したヘッドホンのフラッグシップモデル、それがMDR-Z1Rです。1979年にMDRシリーズの第一号機であるMDR-3を発売してから37年経ちますが、その間に培った技術の集大成と言えます。まず音質面についてですが、ハイレゾのソースには、今までのCDには含まれていなかった、非常に微細な間接音が偏在しています。それらを正確に再現することで、Z1Rでは圧倒的な空気感の再現を追求しました。
潮見:空気感というのは、ライブ会場などで体感できる三次元的な音の体験といいましょうか。例えばコンサートホールだったら、豊富な間接音による「音の広がり、臨場感、背景の静けさ」といったものでコンサートホールの大きさが感じられる。つまり、目指したのは「Best Audience Seat」で聴く音です。
――その再現のために重要なポイントとは。
尾崎:空気感の3要素は「広周波数帯域」「広ダイナミックレンジ」「耳元での平面波」だとソニーでは考えています。それらを今回開発したマグネシウムドーム採用の70mmHDドライバーユニットにより実現しています。さらに、レゾナンスフリーハウジングによって聴感上のダイナミックレンジをより広げることに成功しています。
潮見:空気感の再現には、まず1つめに私たちの世界にある「壁に反射する音」や「消え際の音」といった、微小な音の再現が求められます。そのためにはダイナミックレンジといわれる「微小な音から、大きな音まで」を再現する高い能力が必要です。2つめは、周波数帯域の拡大です。今回、私たちが目指した高い帯域には楽器の倍音成分などが含まれていて、そこを再現することで音の深みや厚みがものすごく増しました。そして3つめが、より平面波に近い音の再現です。音というものは、発生した時は点なのですが、耳に届く時には平面波になります。この平面波をヘッドホンで再現するために、ドライバーユニットの口径を一般的な人の耳のサイズよりも大きい70mmとしました。
――ヘッドホンのフラッグシップモデルとして、MDR-Z1Rは実に12年ぶりのニューモデルですよね。
尾崎:ソニーのフラッグシップとして、まずは1989年に発売した「MDR-R10」というモデルがあります。この時代は、主流となり始めていたCDと、依然ニーズの高いアナログレコードとが混在していました。そのような状況の中で、ハウジングに産地や樹齢まで厳選した欅を使用し、音色を追求したモデルでした。
それから15年を経て、2004年にQUALIA(クオリア)ブランドの「QUALIA 010(Q010-MDR1)」を発売しました。今のハイレゾにつながる「Super Audio CD(SACD)」に対応するために120KHzまでの広帯域再生を実現し、SACDとCDとの「音の差」を表現できるヘッドホンとして評価を得ることができました。その後、音楽シーンや音の特徴の変化により、ヘッドホンに求められる再生能力も変化してきています。それを受けて、Z1Rでは、高域に加えて低域の再生能力も進化させ、さらに微小音の再生クオリティも向上させています。そのために、技術も素材も着実な進歩を遂げました。これまでのノウハウを継承し、新しいアイデアを存分につぎ込んだフラッグシップモデルがMDR-Z1Rなのです。
――このような機器で使って欲しい、という開発者の想いなどはありますか。
尾崎:何とつないでも音質の向上を体験していただけるヘッドホンだと思います。また、このZ1Rと共に開発を進め、同じ方向性の音を追求したのが、Signature Seriesとして登場したポータブルオーディオの「ウォークマンNW-WM1Z/WM1A」や、ヘッドホンアンプの「TA-ZH1ES」です。野外での空気感も、屋内での空気感も、もっとも発揮できる組み合わせだと思います。ハイレゾならではの音を、とにかくきちんと届けるのが、Signatureシリーズの使命です。