1994年から1997年までの3年間は、さまざまな試作機を作りながら、エンターテインメントロボットというコンセプトに、具体的なカタチを与えて行く作業が行われた時期でした。特に、技術的に大きなチャレンジだったのが、ロボットの脚の数をどうするかという問題。「技術的には脚の数が多いほど動きが安定する」「しかし、人間のそばにいて共存するロボットということを考えた場合、6本足ではなく4本足の方が馴染みやすいはず」。そんな議論の中から、高度な技術が要求されるものの、人間にとってより親しみやすい、“4本足の小動物”のようなロボットという、AIBOの原型となるイメージが浮かびあがってきたのです。
また、自律型ロボットにするか、リモコンを使った操縦型ロボットにするかということも、開発者の間で最後まで議論された問題でした。「人間のパートナーとなるロボットは自律した存在でなければならない」「自律行動をするロボットとのコミュニケーションがエンターテインメントにつながる」。さまざまな試行錯誤と議論の中から、このような結論が導きだされ、それが1996年に発表された「社外公開試作機」へと結実して行きました。
「社外公開試作機」の公開に続いて行われたのが、製品化に向けてのアーキテクチャーとなる「OPEN-R」への取り組みです。いままでに類を見ない家庭向けのロボット製品を送り出し、まったく新しい市場を創造しながら、世の中にロボット文化を広げて行く……。そのためには、アーキテクチャーを統一して、ソニーがロボットの世界をリードして行かなければならないと考えました。そこで、1997年にOPEN-Rの論文を発表し、OPEN-Rアーキテクチャーに準拠した試作機を開発。1998年1月には「エンターテインメントロボットプロジェクト」が、社内で正式に承認され、商品化にゴーサインが出ました。
1998年は、まさにAIBO誕生前夜ともいうべき1年でした。商品化に向けての開発がいよいよ大詰めの段階を迎え、4月には空山基氏によるデザインスケッチが完成。7月にはパリで開催された「第2回ロボカップ」で試作機の最終型となる「6号試作機」を公開。10月には正式名称である「AIBO」が決定。そして迎えた1999年の5月。初代AIBOの「ERS-110」が正式に発表されたのです。6月にインターネットで行われた予約受付では、国内向けの3000体が20分で完売するなど、大きなセンセーションを巻き起こしました。
1993年に、何もないゼロの状態からスタートした研究プロジェクト。そこから6年の歳月を経て誕生したAIBOは、エンターテインメントロボットという、それまでに存在しなかったまったく新しいコンセプトを打ち立てました。人間と共存するロボットという永年の夢を実現し、世界中の家庭に向けて、人間の新しいパートナーを送り出したのです。夢に挑戦して、それに革新的なコンセプトとカタチを与え、まったく新しいライフスタイルを創造する。そのチャレンジスピリットこそがAIBOというブランドなのです。
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